ひまつぶしのおともだち

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【ブログ小説】大の虫嫌いの男子高校生がゴキブリと孤軍奮闘した結果・・・


夏の奮闘記

 

 さて、ここで例えばの話をしよう。いいか、例えばだ。

 例えば、君がとてつもない虫嫌いだとする。蝶々もダメだ。セミなんて抜け殻、本体、したいのどれも触れないくらいダメダメだ。八月の終わりにはセミの死体を踏みそうで、自転車で外に出られないレベルの虫嫌いだとしよう。

 そんな君がだ。まだ六月だってのに夏真っ盛りって並みに暑い部活のない午前授業の土曜日に、学校から帰って来た。電車の中は涼しかったが、駅から家までの距離を殺人的な気温の中自転車で移動してしまったため、白い半袖のワイシャツには薄い水たまりができている。

 玄関に入ってエアコンという名の偉大な科学的発明に感謝しつつ、天国を味わったのち、真っ先に向かう場所はどこだ?

 台所にきまってるよな。冷蔵庫に一直線だろ? 本当はアイスが食べたかったのだが、あいにく君の家にはそんな気のきいた物を買いだめしてくれるような家族はおらず、仕方なく毎日おかんが俺の水筒のために作ってくれている麦茶を飲もうとした。

 テーブルの上に麦茶が入ったでっかい水筒と、ガラスのコップを置き、さあいざコップへの移動作業を始めるという時に、見つけてしまった。

 何をみつけたって?

 口にするのもおぞましいね。

 ほら、あれだよあれ。台所にいても、別におかしくはないが、できればいてほしくないヤツ。だから東京は嫌なんだよな。まぁ、こいつの生息地は東京に限った話ではないが、存在しないという北海道に移住したいという願望はやはり捨てきれないものである。

 はてさて、そんな嫌われ者はなんでしょう?

 

 ゴキブリだ。

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デフォルメ化してお送りします。

 

 

 茶色い生物がなぜかこちらを凝視している。俺は動けない。蛇に睨まれた時の蛙ってこんな気分なんだろうな。せめて、蛙じゃなくて蛇の立場でいたかったぜ。

 ヤツもなぜか動かない。虫なら虫らしく動けばいいのに。いや動かないでいただきたい。

 さあ、君ならこんなときどうする?

 ゴキブリこと通称Gは冷蔵庫の真下で静止し、俺とのにらめっこ対決をやめようとしない。アイツのどこに目が付いてるのなんかわからないし、知りたくもないが、自信の変顔をしてみても、噴き出してしてどこかに逃げだすどころか微動だにしないところ、ヤツと俺の笑いのセンスが違うということだけはわかった。くそう、この顔で笑わなかったクラスメイトはいないのだぞ。

 待て待て。冷静になるんだ。俺は今いくつだ? 十六歳の高校一年生だ。よし、頭は大丈夫そうだな。

 まずは解決策だ。そうだ、人を呼ぶんだ。今、俺のエアコンの効いた快適な家には何人の味方がいる? 

 思い出せ。おかんは料理教室だと朝言っていたよな。兄貴は部活があるし、おとんは仕事だ、くそったれ。

 俺にはGを素手で潰し殺したというレジェンドを持つばあちゃんがいるが、残念ながらウチは二世帯住宅ではなかった。今頃マイグランドペアレンツは大分でのんびり過ごしていることだろう。

 なるほど、孤立無援とはまさにこのことを言うんだな。

 となると、どうする俺。そして君ならどうする? 解決策があるなら今から速達で送ってきてもらいたい。郵便受けまで取りに行けるかどうかは分からないが。

 ああ待て落ち着け。たしかだ。一戸建てかつ二階建ての俺んちでは、二階の洗面所の下の戸棚に、対G用の必殺の武器が二個ほど入っていたはずだ。

 

 ゴキブリホイホイと殺虫スプレーが。

 

 ヤツらは最高の武器であろう。いちゃもんなどつけどころのないような。

しかしながら、問題はそいつらの存在場所が二階で、ここが一階であるということだ。

 俺が少し目を離した内に、この茶色い生物がどこかへ行ってしまったらどうする? ヤツがいるのがわかっていながら姿が見えない状態で、夕飯を食うハメになりかねない。 

 俺はじりじりと後退する。いざ動いたときのために距離をとっておきたい。こちらへ来ても、すぐ逃げられるようにだ。ヤツから視線もそらせない。

 汗ばんだ右手にこつんとあるものが当たった。

 何だと思って手の先をみると、なんと壁に箒が立てかけてあった。箒といっても中学校にあるようなちゃっちい箒だ。

 狭いとはいえ、俺の家は和室を所有するため、和室は掃除機より箒の方がゴミがよく取れると、おかんがときどき使っているのだ。

 きっと朝使って片づけなかったのだろう。おかんよ、感謝します。俺はやっと自分の武器を手にしました。Gの武器? 存在そのものがヤツの武器だね。

 俺は震える両手で箒をかまえる。ふさふさした方をGに向けるが、ヤツは依然として動かない。

 さて、どうしたもんか。

 箒でGを殺すのか。だが箒で殺されるタマではないだろう。

 窓を開けて外に出すか? しかし野生のGが外に出現してしまうことになる。いや、野生以外のGなんていて欲しくないが、夏の公園でセミだと思って捕まえた虫がゴキブリだと発覚して泣きだす少年少女も見たくない。

 このままウチのどこかにあるゴキブリホイホイに引っかかるのを待っていたいが、その前に俺が被害を被る確率がゼロでない限り、俺の心に平穏は戻ってこないだろうからそれも不可能だ。

 なーんてことを頭のなかでごちゃごちゃと考えていたせいかな。俺は大事なことをすっかり忘れちまっていた。

 もちろんヤツからは一時も目を離さなかった。その点は褒めてくれて構わない。Gとの長時間にらめっこ対決がどれだけ精神的にクるかは想像するのも容易だろう。

 ところで、イカロスはなぜ死んでしまったか知ってるか?

 アイツは太陽に近づきすぎて、海に落っこちて死んだんだ。

 どうやって太陽に近寄ったのか、どうして近づきすぎるとと海に落っこちるか分かるか?

 イカロスは持ってたんだよ、自家製の翼をな。そいつを太陽に焼かれちまったのさ。

 そう。ヤツも持っていたんだ。

 

 天然の翼を。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!」

 突然イノシシのようにまっすぐとこちらへ突っ込んでくるGに対し、頭の中が真っ白になった俺は近所迷惑も気にせずに大声で叫んだ。

 ただカサカサと床を這ってくるなら、俺も無言でどたどたと逃げ回っただろう。

 しかしヤツは俺の顔面に狙いを定めたかのように、漆黒の翼をはばたかせながら、空中を猪突猛進してきやがったのだ。

 俺の装備、箒。これがドラクエなら、あまりに頼りないと思わないか?

 

 野生のGが現れた!

 Gの攻撃! 飛んでくる!

 俺の攻撃! はたき落とす!

 Gは 俺の 足の上に 背中を 激突した!

 

「ぎゃああああああああああ!!!!」

 俺の攻撃!振り払う!

 Gは テーブルの足に 激突した!

 Gの攻撃!飛び回る!

 

「ぎゃああああああああああ!!!!」

 これだけ大口あけて叫んでいたらそのうちGが口ン中入ってくるんじゃないかという考えが出てくると、とうとう意識が俺から逃げ出し始めた。待てこらくそ。

 そんな少年漫画のようなとてつもないグッドタイミングに、救世主は現れた。

 俺は咄嗟に、遠くへと彷徨い始めた意識を捕まえて、目の端から出てきた動く物体を確認すると、そいつはまぎれもなくウチの飼い猫だった。

 普段この時間帯は、二階にある俺の部屋のベッドでぬくぬくと惰眠をむさぼっているはずだが、俺が帰ってきた気配を察して降りてきたのだろう。

 そして、ちょこまかと動き始めたGに対し、猫の本能が刺激されたようだ。

 飼い猫である三毛猫は、Gに空中猫パンチを食らわし床に叩きつけた。

 しかし、それはとどめにはならなかったようで、Gはまたちょろちょろと動き始める。

 その後も果敢にパンチを食らわしていく猫。

 そういえば、前に旅行でこいつを家に残して行った時も、帰ってきたらちっこいGが仰向けに倒れてご愁傷さましていたことがあったな。

 だがこの雌猫は、飼い始めた頃、爪とぎで壁が傷つくという理由で、おかんが前足の爪を病院でとってもらっちまった。そのせいか、俺の救世主様は随分と苦戦しているように見えた。

 恐らくちっこいGを倒した時も、同じように四苦八苦したのであろう。

 猫VSゴキブリの戦いをぼけっと観戦している自分にハッと気付くと、尻もちをついているというみっともない姿をしていた。

 なにしてんだ俺。猫に任せてなんてないで、人間様の偉大なるところをしかと見せつけてやろうじゃないか。

 そして身の程知らずのGに身をもって思い知らせてやるのだ。

 俺は立ち上がると、もしオリンピックに階段登りなる競技があれば金メダリストになれるんじゃないかと思えるスピードで階段を駆け上った。

  

 殺虫スプレーを取りに。

 

 

 終わり

 

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